ヨハネによる福音書5章 子は父のなさることを見てする

投稿者: アブラハム・リー on .

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ヨハネによる福音書5章 子は父のなさることを見てする 

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イエス様は、38年間病気で苦しんでいた人を癒されました。しかし、これが行われてのは、安息日でした。安息日は、モーセが神様からいただいた律法の一つでしたが、安息日に関するユダヤ教の教えは、人々に重荷になるような宗教の形になりました。

これから、ユダヤ人たちは、イエス様のなされた癒しについて批判するようになりました。天の父なる神様と等しいイエス様がこの世にこられたのに、彼らは受け入れなかったのです。しかし、モーセの書を含む聖書は、イエス様について証しています。そして、イエス様が神であることを証します。

イエス様は、「子は父のなさることを見てする」ということを教えました。つまり、イエス様は、人からの称賛を受けることはしませんが、神様のなされることを見て、それを行います。つまり、イエス様のなされることを見れば、天の父が何をしているかがわかるのです。

イエス様は、私たちの生活の模範を示しています。私たちも、天の父がイエス様に示されたことを行うように、神様が私たちに示すことを行うべきです。イエス様の生涯は、この一筋を行い続けました。イエス様の教え、言葉、行動の全ては、天の父の行いをことごとく行いました。

今日、神様が自分の示されたことをことごとく行うことが私たちの人生の全てです。

ゴスペルハウス
アブラハム・リー



Joh 5:1 こののち、ユダヤ人の祭があったので、イエスはエルサレムに上られた
Joh 5:2 エルサレムにある羊の門のそばに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があった。そこには五つの廊があった。
Joh 5:3 その廊の中には、病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者などが、大ぜいからだを横たえていた。〔彼らは水の動くのを待っていたのである
Joh 5:4 それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。〕
Joh 5:5 さて、そこに三十八年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。
Joh 5:6 イエスはその人が横になっているのを見、また長い間わずらっていたのを知って、その人に「なおりたいのか」と言われた。
Joh 5:7 この病人はイエスに答えた、「主よ、水が動く時に、わたしを池の中に入れてくれる人がいません。わたしがはいりかけると、ほかの人が先に降りて行くのです」。
Joh 5:8 イエスは彼に言われた、「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」。
Joh 5:9 すると、この人はすぐにいやされ、床をとりあげて歩いて行った。その日は安息日であった。
Joh 5:10 そこでユダヤ人たちは、そのいやされた人に言った、「きょうは安息日だ。床を取りあげるのは、よろしくない」。
Joh 5:11 彼は答えた、「わたしをなおして下さったかたが、床を取りあげて歩けと、わたしに言われました」。
Joh 5:12 彼らは尋ねた、「取りあげて歩けと言った人は、だれか」。
Joh 5:13 しかし、このいやされた人は、それがだれであるか知らなかった。群衆がその場にいたので、イエスはそっと出て行かれたからである。


Joh 5:14 そののち、イエスは宮でその人に出会ったので、彼に言われた、「ごらん、あなたはよくなった。もう罪を犯してはいけない。何かもっと悪いことが、あなたの身に起るかも知れないから」。
Joh 5:15 彼は出て行って、自分をいやしたのはイエスであったと、ユダヤ人たちに告げた
Joh 5:16 そのためユダヤ人たちは、安息日にこのようなことをしたと言って、イエスを責めた
Joh 5:17 そこで、イエスは彼らに答えられた、「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」。
Joh 5:18 このためにユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうと計るようになったそれは、イエスが安息日を破られたばかりではなく、神を自分の父と呼んで、自分を神と等しいものとされたからである
Joh 5:19 さて、イエスは彼らに答えて言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。子は父のなさることを見てする以外に、自分からは何事もすることができない。父のなさることであればすべて、子もそのとおりにするのである。
Joh 5:20 なぜなら、父は子を愛して、みずからなさることは、すべて子にお示しになるからである。そして、それよりもなお大きなわざを、お示しになるであろう。あなたがたが、それによって不思議に思うためである。
Joh 5:21 すなわち、父が死人を起して命をお与えになるように、子もまた、そのこころにかなう人々に命を与えるであろう。
Joh 5:22 父はだれをもさばかない。さばきのことはすべて、子にゆだねられたからである
Joh 5:23 それは、すべての人が父を敬うと同様に、子を敬うためである。子を敬わない者は、子をつかわされた父をも敬わない
Joh 5:24 よくよくあなたがたに言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、またさばかれることがなく、死から命に移っているのである
Joh 5:25 よくよくあなたがたに言っておく。死んだ人たちが、神の子の声を聞く時が来る。今すでにきている。そして聞く人は生きるであろう。
Joh 5:26 それは、父がご自分のうちに生命をお持ちになっていると同様に、子にもまた、自分のうちに生命を持つことをお許しになったからである
Joh 5:27 そして子は人の子であるから、子にさばきを行う権威をお与えになった
Joh 5:28 このことを驚くには及ばない。墓の中にいる者たちがみな神の子の声を聞き
Joh 5:29 善をおこなった人々は、生命を受けるためによみがえり、悪をおこなった人々は、さばきを受けるためによみがえって、それぞれ出てくる時が来るであろう
Joh 5:30 わたしは、自分からは何事もすることができないただ聞くままにさばくのである。そして、わたしのこのさばきは正しい。それは、わたし自身の考えでするのではなく、わたしをつかわされたかたの、み旨を求めているからである
Joh 5:31 もし、わたしが自分自身についてあかしをするならば、わたしのあかしはほんとうではない
Joh 5:32 わたしについてあかしをするかたはほかにあり、そして、その人がするあかしがほんとうであることを、わたしは知っている
Joh 5:33 あなたがたはヨハネのもとへ人をつかわしたが、そのとき彼は真理についてあかしをした
Joh 5:34 わたしは人からあかしを受けないが、このことを言うのは、あなたがたが救われるためである

Joh 5:35 ヨハネは燃えて輝くあかりであったあなたがたは、しばらくの間その光を喜び楽しもうとした
Joh 5:36 しかし、わたしには、ヨハネのあかしよりも、もっと力あるあかしがある父がわたしに成就させようとしてお与えになったわざ、すなわち、今わたしがしているこのわざが、父のわたしをつかわされたことをあかししている
Joh 5:37 また、わたしをつかわされた父も、ご自分でわたしについてあかしをされたあなたがたは、まだそのみ声を聞いたこともなく、そのみ姿を見たこともない
Joh 5:38 また、神がつかわされた者を信じないから、神の御言はあなたがたのうちにとどまっていない。
Joh 5:39 あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである
Joh 5:40 しかも、あなたがたは、命を得るためにわたしのもとにこようともしない
Joh 5:41 わたしは人からの誉を受けることはしない
Joh 5:42 しかし、あなたがたのうちには神を愛する愛がないことを知っている
Joh 5:43 わたしは父の名によってきたのに、あなたがたはわたしを受けいれないもし、ほかの人が彼自身の名によって来るならば、その人を受けいれるのであろう
Joh 5:44 互に誉を受けながら、ただひとりの神からの誉を求めようとしないあなたがたは、どうして信じることができようか

Joh 5:45 わたしがあなたがたのことを父に訴えると、考えてはいけない。あなたがたを訴える者は、あなたがたが頼みとしているモーセその人である
Joh 5:46 もし、あなたがたがモーセを信じたならば、わたしをも信じたであろうモーセは、わたしについて書いたのである
Joh 5:47 しかし、モーセの書いたものを信じないならば、どうしてわたしの言葉を信じるだろうか」。

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