ヨハネによる福音書12章 わたしがきたのは、この世をさばくためではなく、この世を救うためである

投稿者: アブラハム・リー on .

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ヨハネによる福音書12章 わたしがきたのは、この世をさばくためではなく、この世を救うためである

15年06月29日0188

イエス様は、エルサレムの近いベタニアに行きました。そこには、死からよみがえられたラザロがいる場所でありました。そこで、夕食が用意されイエス様も、よみがえられたラザロがいて、群衆は、イエスも会いたかったが、奇跡により生き変えたラザロを見たがっていました。

また、ギリシャ人もイエスと会いたがっていました。しかし、パリサイ人たちは、多くの人がラザロのことで彼らから離れ、イエス様を信じるようになることからイエス様について反感を持っていました。しかし、その中にもイエス様を隠れて信じる人も多かったです。彼らは、会堂から追い出されないため、隠していました。パリサイ人たちは、しるしの元になるラザロをも殺す計画を立てていました。

イエス様は、自分がどんな死に方で死なれるかを人々に語り始めましたが、彼らにはあとになるまで理解することができませんでした。十字架の死刑を受けることは、考えられなかったからでした。

そこで、イエス様は、「わたしがきたのは、この世をさばくためではなく、この世を救うためである」と語りました。多くの奇跡やしるしを見せましたが、多くの人々は信じませんでした。しかし、ここで、イエス様は、そのことについても裁くことより、この世を救うために十字架の道を選びました。

しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。」 ヨハネ1:12

イエス様を心に受け入れる人は、神様の家族の一人となれます。神様にイエス様を受け入れる祈りをすることから信仰は始まります。

ゴスペルハウス
アブラハム・リー



Joh 12:1 過越の祭の六日まえに、イエスはベタニヤに行かれた。そこは、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロのいた所である。
Joh 12:2 イエスのためにそこで夕食の用意がされマルタは給仕をしていた。イエスと一緒に食卓についていた者のうちに、ラザロも加わっていた。
Joh 12:3 その時、マリヤ高価で純粋なナルドの香油一斤を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。すると、香油のかおりが家にいっぱいになった
Joh 12:4 弟子のひとりで、イエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが言った、
Joh 12:5 「なぜこの香油を三百デナリに売って、貧しい人たちに、施さなかったのか」。
Joh 12:6 彼がこう言ったのは、貧しい人たちに対する思いやりがあったからではなく、自分が盗人であり、財布を預かっていて、その中身をごまかしていたからであった
Joh 12:7 イエスは言われた、「この女のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それをとっておいたのだから。
Joh 12:8 貧しい人たちはいつもあなたがたと共にいるが、わたしはいつも共にいるわけではない」。


Joh 12:9 大ぜいのユダヤ人たちが、そこにイエスのおられるのを知って、押しよせてきた。それはイエスに会うためだけではなくイエスが死人のなかから、よみがえらせたラザロを見るためでもあった

Joh 12:10 そこで祭司長たちは、ラザロも殺そうと相談した
Joh 12:11 それは、ラザロのことで、多くのユダヤ人が彼らを離れ去ってイエスを信じるに至ったからである
Joh 12:12 その翌日、祭にきていた大ぜいの群衆は、イエスがエルサレムにこられると聞いて、
Joh 12:13 しゅろの枝を手にとり、迎えに出て行った。そして叫んだ、「ホサナ、主の御名によってきたる者に祝福あれ、イスラエルの王に」。
Joh 12:14 イエスは、ろばの子を見つけて、その上に乗られた。それは
Joh 12:15 「シオンの娘よ、恐れるな。見よ、あなたの王がろばの子に乗っておいでになる」と書いてあるとおりであった。
Joh 12:16 弟子たちは初めにはこのことを悟らなかったが、イエスが栄光を受けられた時に、このことがイエスについて書かれてあり、またそのとおりに、人々がイエスに対してしたのだということを、思い起した。
Joh 12:17 また、イエスラザロを墓から呼び出して、死人の中からよみがえらせたとき、イエスと一緒にいた群衆が、そのあかしをした
Joh 12:18 群衆がイエスを迎えに出たのは、イエスがこのようなしるしを行われたことを、聞いていたからである


Joh 12:19 そこで、パリサイ人たちは互に言った、「何をしてもむだだった。世をあげて彼のあとを追って行ったではないか」。
Joh 12:20 祭で礼拝するために上ってきた人々のうちに、数人のギリシヤ人がいた。
Joh 12:21 彼らはガリラヤベツサイダ出であるピリポのところにきて、「君よ、イエスにお目にかかりたいのですが」と言って頼んだ。
Joh 12:22 ピリポアンデレのところに行ってそのことを話し、アンデレとピリポは、イエスのもとに行って伝えた
Joh 12:23 すると、イエスは答えて言われた、「人の子が栄光を受ける時がきた。
Joh 12:24 よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる
Joh 12:25 自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう
Joh 12:26 もしわたしに仕えようとする人があれば、その人はわたしに従って来るがよいそうすれば、わたしのおる所に、わたしに仕える者もまた、おるであろうもしわたしに仕えようとする人があれば、その人を父は重んじて下さるであろう
Joh 12:27 今わたしは心が騒いでいるわたしはなんと言おうか父よ、この時からわたしをお救い下さいしかし、わたしはこのために、この時に至ったのです
Joh 12:28 父よ、み名があがめられますように」。すると天から声があった、「わたしはすでに栄光をあらわしたそして、更にそれをあらわすであろう」。
Joh 12:29 すると、そこに立っていた群衆がこれを聞いて、「雷がなったのだ」と言い、ほかの人たちは、「御使が彼に話しかけたのだ」と言った。
Joh 12:30 イエスは答えて言われた、「この声があったのは、わたしのためではなく、あなたがたのためである
Joh 12:31 今はこの世がさばかれる時である今こそこの世の君は追い出されるであろう
Joh 12:32 そして、わたしがこの地から上げられる時には、すべての人をわたしのところに引きよせるであろう」。

Joh 12:33 イエスはこう言って、自分がどんな死に方で死のうとしていたかを、お示しになったのである

Joh 12:34 すると群衆はイエスにむかって言った、「わたしたちは律法によって、キリストはいつまでも生きておいでになるのだ、と聞いていましたそれだのに、どうして人の子は上げられねばならないと、言われるのですかその人の子とは、だれのことですか」。

Joh 12:35 そこでイエスは彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなたがたと一緒にここにある。光がある間に歩いて、やみに追いつかれないようにしなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこへ行くのかわかっていない
Joh 12:36 光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい」。イエスはこれらのことを話してから、そこを立ち去って、彼らから身をお隠しになった。


Joh 12:37 このように多くのしるしを彼らの前でなさったが、彼らはイエスを信じなかった
Joh 12:38 それは、預言者イザヤの次の言葉が成就するためである、「主よ、わたしたちの説くところを、だれが信じたでしょうかまた、主のみ腕はだれに示されたでしょうか」。
Joh 12:39 こういうわけで、彼らは信じることができなかった。イザヤはまた、こうも言った、
Joh 12:40 「神は彼らの目をくらまし、心をかたくなになさった。それは、彼らが目で見ず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである」。
Joh 12:41 イザヤがこう言ったのは、イエスの栄光を見たからであって、イエスのことを語ったのである。
Joh 12:42 しかし、役人たちの中にも、イエスを信じた者が多かったが、パリサイ人をはばかって、告白はしなかった会堂から追い出されるのを恐れていたのである
Joh 12:43 彼らは神のほまれよりも、人のほまれを好んだからである
Joh 12:44 イエスは大声で言われた、「わたしを信じる者は、わたしを信じるのではなく、わたしをつかわされたかたを信じるのであり、
Joh 12:45 また、わたしを見る者は、わたしをつかわされたかたを見るのである
Joh 12:46 わたしは光としてこの世にきたそれは、わたしを信じる者が、やみのうちにとどまらないようになるためである
Joh 12:47 たとい、わたしの言うことを聞いてそれを守らない人があっても、わたしはその人をさばかないわたしがきたのは、この世をさばくためではなく、この世を救うためである
Joh 12:48 わたしを捨てて、わたしの言葉を受けいれない人には、その人をさばくものがあるわたしの語ったその言葉が、終りの日にその人をさばくであろう
Joh 12:49 わたしは自分から語ったのではなく、わたしをつかわされた父ご自身が、わたしの言うべきこと、語るべきことをお命じになったのである
Joh 12:50 わたしは、この命令が永遠の命であることを知っているそれゆえに、わたしが語っていることは、わたしの父がわたしに仰せになったことを、そのまま語っているのである」。

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