ルカによる福音書20章 神に生きるもの

投稿者: アブラハム・リー on .

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ルカによる福音書20章 神に生きるもの

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この章は、今のクリスチャンにも当てはまる大事なテーマがあります。

宗教家たちとイエス様との会話があります。宗教と信仰の違いがあります。キリスト教を信じるのではなく、神様の遣わされたキリスト・イエス様と私たちの関係にある、信仰によって生きることです。

キリスト教理には、宗派や教団により異なるものがあります。しかし、イエス様を信じる信仰には変わりがありません。

クリスチャンとして大事なのは、神様と自分との親密な関係です。その関係から生まれるのが神様に対する信仰なのです。この信仰が、「神に生きるもの」です。

わたしたちが生きるのは、キリストを信じる信仰によるものです。

ゴスペルハウス
アブラハム・リー



Luk 20:1 ある日、イエスが宮で人々に教え、福音を宣べておられると、祭司長律法学者たちが、長老たちと共に近寄ってきて、
Luk 20:2 イエスに言った、「何の権威によってこれらの事をするのですか。そうする権威をあなたに与えたのはだれですか、わたしたちに言ってください」。
Luk 20:3 そこで、イエスは答えて言われた、「わたしも、ひと言たずねよう。それに答えてほしい。
Luk 20:4 ヨハネのバプテスマは、天からであったか、人からであったか」。
Luk 20:5 彼らは互に論じて言った、「もし天からだと言えば、では、なぜ彼を信じなかったのか、とイエスは言うだろう。
Luk 20:6 しかし、もし人からだと言えば、民衆はみな、ヨハネを預言者だと信じているから、わたしたちを石で打つだろう」。
Luk 20:7 それで彼らは「どこからか、知りません」と答えた。
Luk 20:8 イエスはこれに対して言われた、「たしも何の権威によってこれらの事をするのか、あなたがたに言うまい」。


Luk 20:9 そこでイエスは次のを民衆に語り出された、「ある人がぶどう園を造って農夫たちに貸し、長い旅に出た。
Luk 20:10 季節になったので、農夫たちのところへ、ひとりの僕を送って、ぶどう園の収穫の分け前を出させようとした。ところが、農夫たちは、その僕を袋だたきにし、から手で帰らせた。
Luk 20:11 そこで彼はもうひとりの僕を送った。彼らはその僕も袋だたきにし、侮辱を加えて、から手で帰らせた。
Luk 20:12 そこで更に三人目の者を送ったが、彼らはこの者も、傷を負わせて追い出した。
Luk 20:13 ぶどう園の主人は言った、『どうしようか。そうだ、わたしの愛子をつかわそう。これなら、たぶん敬ってくれるだろう』。
Luk 20:14 ところが、農夫たちは彼を見ると、『あれはあと取りだ。あれを殺してしまおう。そうしたら、その財産はわれわれのものになるのだ』と互に話し合い、
Luk 20:15 彼をぶどう園の外に追い出して殺した。そのさい、ぶどう園の主人は、彼らをどうするだろうか。
Luk 20:16 彼は出てきて、この農夫たちを殺し、ぶどう園を他の人々に与えるであろう」。人々はこれを聞いて、「そんなことがあってはなりません」と言った。
Luk 20:17 そこで、イエスは彼らを見つめて言われた、「それでは、『家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった』と書いてあるのは、どういうことか。
Luk 20:18 すべてその石の上に落ちる者は打ち砕かれ、それがだれかの上に落ちかかるなら、その人はこなみじんにされるであろう」。
Luk 20:19 このとき、律法学者たちや祭司長たちイエスに手をかけようと思ったが、民衆を恐れた。いまの譬が自分たちに当てて語られたのだと、悟ったからである。


Luk 20:20 そこで、彼らは機会をうかがい、義人を装うまわし者どもを送って、イエスを総督の支配と権威とに引き渡すためその言葉じりを捕えさせようとした
Luk 20:21 彼らは尋ねて言った、「先生、わたしたちは、あなたの語り教えられることが正しく、また、あなたは分け隔てをなさらず、真理に基いて神の道を教えておられることを、承知しています。
Luk 20:22 ところで、カイザルに貢を納めてよいでしょうかいけないでしょうか」。
Luk 20:23 イエスは彼らの悪巧みを見破って言われた
Luk 20:24 「デナリを見せなさい。それにあるのは、だれの肖像、だれの記号なのか」。「カイザルのです」と、彼らが答えた。
Luk 20:25 するとイエスは彼らに言われた、「それなら、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。
Luk 20:26 そこで彼らは、民衆の前でイエスの言葉じりを捕えることができず、その答に驚嘆して、黙ってしまった。



Luk 20:27 復活ということはないと言い張っていたサドカイ人のある者たちが、イエスに近寄ってきて質問した、
Luk 20:28 「先生、モーセは、わたしたちのためにこう書いています、『もしある人の兄が妻をめとり、子がなくて死んだなら、弟はこの女をめとって、兄のために子をもうけねばならない』。
Luk 20:29 ところで、ここに七人の兄弟がいました。長男は妻をめとりましたが、子がなくて死に、
Luk 20:30 そして次男、三男と、次々に、その女をめとり、
Luk 20:31 七人とも同様に、子をもうけずに死にました。
Luk 20:32 のちに、その女も死にました。
Luk 20:33 さて、復活の時には、この女は七人のうち、だれの妻になるのですか。七人とも彼女を妻にしたのですが」。
Luk 20:34 イエスは彼らに言われた、「この世の子らは、めとったり、とついだりするが、
Luk 20:35 かの世にはいって死人からの復活にあずかるにふさわしい者たちは、めとったり、とついだりすることはない。
Luk 20:36 彼らは天使に等しいものでありまた復活にあずかるゆえに、神の子でもあるので、もう死ぬことはあり得ないからである。
Luk 20:37 死人がよみがえることは、モーセも柴の篇で、主を『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と呼んで、これを示した。
Luk 20:38 神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である人はみな神に生きるものだからである」。


Luk 20:39 律法学者のうちのある人々が答えて言った、「先生、仰せのとおりです」。
Luk 20:40 彼らはそれ以上何もあえて問いかけようとしなかった。
Luk 20:41 イエスは彼らに言われた、「どうして人々はキリストをダビデの子だと言うのか
Luk 20:42 ダビデ自身が詩篇の中で言っている、『主はわが主に仰せになった、
Luk 20:43 あなたの敵をあなたの足台とする時までは、わたしの右に座していなさい』。
Luk 20:44 このように、ダビデはキリストを主と呼んでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子であろうか」。
Luk 20:45 民衆がみな聞いているとき、イエスは弟子たちに言われた、
Luk 20:46 「律法学者に気をつけなさい彼らは長い衣を着て歩くのを好み、広場での敬礼や会堂の上席や宴会の上座をよろこび、
Luk 20:47 やもめたちの家を食い倒し、見えのために長い祈をする彼らはもっときびしいさばきを受けるであろう」。

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